介護職員とご家族の差
介護は資格がなくてもできる仕事です(訪問介護を除く)。
介護施設で、介護職員が食事の介助をしてもあまり口を開けてくださらない方が、ご家族の介助だと大きな口を開けて食べられる。
歯磨きを全くさせていただけない方が、ご家族の声かけにより、大きな口を開けて歯ブラシを入れさせてくださる。
こういった状況では、仕事として、プロとして介護をしているのにも関わらず、知識も技術も全く役に立ちません。
家族という絆、心から安心できる存在。
知識や技術よりも大切なのは、ご本人との関係性やご本人から求められている存在感です。
介護を仕事としてやっているのにもかかわらず、何もできない、思うような結果が残せないとなると、情けなく思えたり、ご家族に申し訳なく思ったりする経験もあるのではないでしょうか。
家族の介護は受け入れるのに職員の介護は拒む、という状況は、特に介護施設を利用したてのご利用者によく見られる状況です。
ご家族は、「なぜ職員さんは頼んだことをきちんとやってくれないのだろう・・・」と不満に思うこともあるかもしれません。
でも、職員としては、ご本人が嫌がるのを無理強いすることはできません。
この段階での、ご本人にとっての介護職員の存在は、まだ単なる職員であり、心を許せる存在ではありません。
ご本人が今求めているのは、介護職員ではなく、気兼ねなく甘えられるご家族の存在なんです。
それは、しょうがないことなのです。
ご本人にとっては、介護職員とはまだ信頼関係性ができておらず、心が開けない状態といえます。
ご利用者に介助を拒まれる職員と拒まれない職員の差
こういった状況は一緒に働く介護職員同士の間でも起こり得ます。
ご利用者と一緒に過ごす時間が長い職員、そのご利用者とよく話をしたり、隣に座って過ごしたりする職員は、ご利用者との信頼関係を築くことができます。
認知症の方でも早い段階で顔を覚えてもらえ、その職員がそばにいると本人の心が穏やかになったり、笑顔になったりします。
こういった普段の関わりは、介助の場面でも影響します。
他の職員ではうまくいかないことが、なぜか特定の職員ではうまくいく。
断られることが少ない、難なく簡単にさせてもらえる、そういったことがあります。
介助の上手下手ではなく、その人(職員)の存在そのものが、ご利用者に必要とされている。
知識や技術ではなく、その職員だからこそできる、うまくいくということです。
特に介護経験の長い職員は、ご利用者との信頼関係を築くことの大切さを知っているので、関係性を築いた上で介助をしていることが多いのですが、経験の浅い職員は、自分がうまくできないのは、介護経験の差による技術不足だと考えがちです。
でも、本当に差があるのは技術ではなく、ご利用者との信頼関係の差です。
ご利用者に断られずに介助がうまくできる職員も、自分ができるのだから、他の人ももっとがんばって欲しいと思ってしまうことがあるかもしれません。
これは、上記のご家族の発想(不満)と同じです。
ご利用者にとっての特別な存在
【矛盾と葛藤】やりたくないことをやっている介護職員という記事でも少しふれましたが、介護者が変われば、本人が嫌がらずにして下さるというのは、その職員だからこそできることであって、他の人では現時点では変わりがききません。
「その人だから」という特別な『その人』をみんな(他の職員)が目指していくことは大切ですが、みんなができてあたり前ではないのです。
特別な存在になるためには、時間がかかります。
今すぐになんとかしたいと思ったとしても、これは日ごろの積み重ねの結果なので、時間を要するということを覚悟しなければなりません。
ご利用者から心を許してもらえている職員は、そのご利用者にとって特別な存在であり、そばにいてもいいという許可証をいただいている存在です。
ただいるだけで嬉しい。
今日会えただけで嬉しい。
あなたがそこに存在しているだけで、生きているのも悪くないなと思える。
あなたに会えて良かった。
特別な何かをしなくても、いるだけで、ただ存在しているだけで、ご利用者の心の支えになり、生きる希望になっている、そういったことを存在的ケアといいます。
ご家族でなくても、介護職員がそういった存在になることは可能です。
ご利用者にとっては、介護をしてもらう場で、好きな人(職員)が一人でも二人でも増えることは嬉しいことだと思います。
信頼関係を築く方法は、こちら↓の記事をご参考ください。
でも、性格や性別など、人は好みがあるので、いろんな職員がそれぞれいろんな役割を担っていけばいいのではないかなとも思っています。